2026.06.23
コペンハーゲンで開催された「3 Days of Design 2026」と合わせて、特別なご縁からFritz Hansen(フリッツ・ハンセン)を巡るツアーに参加させていただきました。デンマークを代表する家具ブランドであり、日本でも北欧家具・北欧インテリアの文脈で広く知られるFritz Hansenですが、本社を訪れ、デザイナーたちが実際に暮らした家やオフィスに足を踏み入れて初めて見えてくるものがあります。
今回は、その体験をお届けします。

Fritz Hansenは1872年、デンマークのコペンハーゲンで家具職人のFritz Hansenが工房を開いたことに始まります。
その後、Fritzの息子のChristianが蒸気曲木技術を取り入れ、20世紀に入るとArne Jacobsen(アルネ・ヤコブセン)やPoul Kjærholm(ポール・ケアホルム)といった巨匠デザイナーたちとの協働によって、デンマークデザインを世界に発信する家具メーカーへと進化を遂げました。
Fritz Hansenは設立以来「デザイナーとメーカーが対等につくる」という姿勢を貫いてきたブランドです。Jacobsenも、Kjærholmも、単に製品を外注されたわけではなく、Fritz Hansenとの深い協働の中から、150年以上も多くの人を魅了し続ける名作が生まれています。
現在は、デンマークのファミリー系投資会社が所有しており、デンマークのデザインヘリテージを長期的な視点で守り続けることを使命としています。
Fritz Hansen本社のデザインホールで、まず目を引いたのがAnt Chair(アリンコチェア)の開発までの歩みです。

アリンコチェアは、Arne Jacobsenが1952年に設計した椅子ですが、その依頼の出発点は製薬会社の社員食堂だったと言います。
背もたれと座面が、成形合板の一枚で一体となったデザインは、当時としては非常に革新的。軽く、積み重ねられ、大量生産に耐える…。その後の多くの名作椅子へとつながっていく、まさにデンマークデザインの転換点でした。
印象的だったのは、三本脚についてのエピソード。「四本脚にすべき」という声もあったそうですが、Jacobsenは頑として変えなかった。その美的な強さと意志が、椅子の名前「Ant(アリ)」の細い脚のシルエットとともに、今も残っています。
Fritz HansenのCEOのオフィスは通常非公開なのですが、今回のツアーでは特別に案内していただきました。日本でも大人気のEgg Chairは、もちろんオフィスでも採用され、羨ましいです。
その座面には継ぎ目がなく、前面と後面それぞれ大きな一枚革が使われています。縫い目は職人が3日間かけて丁寧に縫い上げる、まさに手仕事の結晶。

CEOのお部屋にあったのは、世界でもほとんど目にする機会のない大きなEgg Sofa(エッグソファ)。一人がけチェアが有名なEgg Chairですが、ソファサイズになると、さらに大きな一枚革が必要になります。それほどの革が手に入ることは珍しく、このソファが特別であることが分かります。

美しいものが、誰かの日常の中にあること。インテリアデザイナーとして、改めてその意味を感じさせてくれる場面でした。
ツアーの途中、バスでAllerød(アレロー)の郊外へ。訪れたのは「デンマークで最も美しいバドミントンホール」と地元で呼ばれるLillerød Badminton Club(リラロー・バドミントンクラブ)。
ホール内に並んでいたのは、スポーツ施設らしいプラスチックチェアではなく、Arne JacobsenによるSeries 7 Chair(セブンチェア)。1955年に生まれたこの椅子は、アリンコチェアの後継にあたり、今なお世界中のオフィスやカフェで使われているロングセラーです。
バドミントンの試合が行われる空間に、静かに並ぶ名作椅子。「巨匠のデザインを、日常の中にある公共の場所へ」というデンマークの姿勢に、思わず胸が熱くなりました。コピー品ではなく、本物を市民の暮らしに。それがデンマークという国のデザインへの向き合い方なのかもしれません。

コペンハーゲン北郊の高級住宅地Klampenborg(クランペンボー)。海を望む丘の上に、Arne Jacobsenが1936年に手がけたBellevue Theatre(ベルビュー・シアター)が今も現役で使われています。

内部に入って驚いたのは、壁面に布が張られ、竹のディテールが随所に使われていたこと。劇場らしい重厚感よりも、自然の素材が持つ軽やかさと温かさが印象的でした。さらに天窓が開き、光や外の空気を室内に取り込む設計になっています。
Jacobsenは建築も家具も照明も、空間に関わるすべてを自分で決めることにこだわった人でした。その少し頑固なくらいの一貫性が、70年以上経った今も古びて見えない理由ではないかと、ガイドツアーを聞きながら感じました。デザインとは何かを問い続けた人の仕事は、時間を超えます。
ツアーの最後に訪れたのが、Rødovre Rådhus(ロドブル市庁舎)。Arne Jacobsenが1956年に完成させたこの建物は、「Gesamtkunstwerk(総合芸術作品)」という言葉が相応しい場所です。
市議会が行われるホールの階段、図書館、そして照明—ルイスポールセンによる照明器具も含め、すべてがJacobsenの設計のもとに統一されています。こちらも公共の建物の中に、一流のデザインが当然のように溶け込んでいます。

ツアーではArne Jacobsenの足跡をたどるだけでなく、もう一人の巨匠、Poul Kjærholm(ポール・ケアホルム、1929–1980)の自宅も訪問しました。コペンハーゲン北郊の海沿いの町Rungsted(ルングステズ)に建つこの邸宅は、通常一般には公開されていない特別な場所です。
1962年に建てられたこの家は、建築家でもあった奥さんのHanne Kjærholmが設計し、家具はすべてPoul自身がこの家のためにデザインしたもの。「1957年から1962年の間に彼がデザインしたものは、すべてこの家のためだった」と息子のThomasが語るほど、家と家具が一体となった空間です。
そのKjærholmの代表作のひとつがPK9 Chair(1960年)。チューリップのような曲線を描く座面を3本のステンレス脚が支える、美しい一脚です。
この椅子が生まれたきっかけは、ある日のビーチでした。Paulが砂浜に残った奥さんHanneのお尻の形に着想を得て、デザインを始めたのだそう。その後、実際にHanneに粘土の箱の中に座ってもらい、最も心地よい形を追求した…なんとも人間らしく、温かいエピソードです。

さらに印象的だったのは、座面の高さが低いこと。その理由を聞いて、思わず納得しました。邸宅のリビングの窓の外には、海が広がっています。座ったときに、ちょうどその景色が目に入るよう、インテリアの高さをすべて海の視線に合わせて設計しているのです。
家具は空間から切り離せない—Kjærholmがそう信じていたことが、この一脚からひしひしと伝わってきました。今の基準では座面が低すぎると感じる人もいるかもしれません。
メーカー側から「もう少し高くしたい」という声も出るほどだそうですが、Kjærholm家はそのこだわりを変えずに守り続けています。

実は私にとって、Fritz Hansenは特別な意味を持つブランドです。実は、新卒でデンマークの船舶会社に入社し、デンマークで働いていた時期がありました。インテリアデザイナーとはまったく違う仕事をしていたあの当時。オフィスには、Fritz Hansenの家具がたくさん置かれていて、その家具こそ、インテリアへの興味の最初のタッチポイントでした。インテリアデザイナーとして歩み出し、再び、デンマークへ訪れることができ、Fritz Hansenの歩みを見ることができた今回のツアーは、感動もひとしおです。
名作は、最初から名作だったわけではない。誰かの生活のために、誰かのオフィスのために、誰かのまちのために生まれた椅子たちが、デザイナーたちのこだわりの積み重ねによって、時間をかけて名作になっていった。その歩みを、デンマークという国全体が大切に守り続けているーデザインへの深い敬意と情熱を感じました。
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